黒い悪夢を緋色に染めて
リクエスト小説
時間軸は本編後、恋人同士になった後
闇夜に浮かぶ、銀の髪。
冷たく光る、黒の銃口。
折り重なった、屍の山。
「テメェが最後だ」
不敵に笑う鴉の後ろ。
陽だまりの邸は、業火に呑まれた。
*
うなされて、目を開けた。
飛び起きる様にして身を起こせば、それが夢だったと知る。
「…………っ」
息が荒く、身体は汗ばんでいる。
酷く痛む頭を手で押さえ、下を向いた。
最近は見る事の減った悪夢。
不意打ちにも等しい、久方ぶりに見たそれは、今まで以上に恐ろしかった。
抵抗がないわけではない。
内容は多分、今までと同じだから。
だが、最近は一人で悩む事が格段に減った事もあり、それらに対して身構える事が少なくなった。
だからなのか、いつにも増して恐怖をあおる。
目を閉じる事は出来ない。
暗闇の中、感じた恐怖を想い出してしまうから。
皐は悪夢を忘れる様に、暗い寝室の中で考え始めた。
組織が関わる事件は、まだ先のはず。
何か自分が忘れている事件があっただろうか。
それとも、原作から外れる何らかの予兆か。
考え始めれば、不安は尽きない。
自分だけが焦ったところで、何かが変わるわけでもない。
しかし、夢見たそれが何の意味もないモノだとしても、皐には無視できなかった。
「皐?」
頭を悩ましていれば、低く、かすれた声が名を呼んだ。
声がした方を向けば、隣で眠っていた赤井がこちらを見ている。
「すみません。起こしてしまって……」
互いの思いが通じ合ってからは、共に眠る事が増えて。
最近は沖矢の変装を自分でも出来る様になったおかげか、就寝時には変装を解いて休むようになった赤井。
悪夢を見たせいか、そんな事も忘れてしまった皐は、誤魔化すように笑った。
「どうした」
しかし、皐の微妙な変化に気づいたのか、赤井は身を起こして彼女に尋ねた。
「……夢見が少し、悪かっただけです。本当に……それだけですから……」
苦笑しながら言う皐を、赤井はただ見つめる。
「そうか……」
赤井はゆっくりと片腕を伸ばし、そっと皐を抱き寄せる。
自然と赤井の胸に顔を埋める形となった皐は、一瞬だけ身を強張らせた。
「皐」
だが、赤井の囁きと共に力を抜き、皐は彼の胸板に寄り添う。
「皐」
何度も優しく名前を呼ばれ、何度も優しく頭を撫でられる。
繰り返し。
繰り返し。
素肌の奥で鳴る、力強い赤井の鼓動を聞いている傍ら。
それらの動作は皐が落ち着くまで続けられた。
*
「……すみません。もう……大丈夫です」
落ち着いた皐が見上げると、その瞬間に目元へ優しいキスが下りてきた。
それは場所を変え、何度も繰り返される。
「……あか、っん」
顔のいたるところに口づけられ、照れた皐が彼の名を呼ぼうとしたところで、声をさえぎる様に重なる唇。
交わる様に響く水音は、無防備な彼女を甘く痺れさせた。
口の中で柔らかい赤が絡み合う度、皐の息が乱れてゆく。
「ふっ……っ……ん」
重なり合う唇の隙間から、吐息と共に漏れる声。
与えられる甘さに震える細い手が、なんとか溺れずに逞しい胸板を力なく押す。
だが、その頃には頭を支えられ、腰には腕が回り、退路は断たれた後。
既に皐は、赤井の手によって柔らかな檻の中に入れられていた。
「…………はっ」
甘露の海に溺れたように、離れゆく唇は濡れている。
零れ落ちた雫が二人を繋いでいた糸を切る頃には、見つめ合う瞳は熱をはらんでいた。
「赤井、さ……なに、を……?」
荒く息をしながら頬を上気させ、皐は途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
その問いに答える事なく、赤井は酸欠が生み出した涙を拭いながら皐の頬に掌を添えた。
「…………妬けるな……」
小さく呟かれた言葉に、皐は目を見開いた。
意外すぎるそれに、彼女は何も言えない。
「それが例え悪夢であっても、お前を悩ませるのが俺ではなく、あの男だと思うと……」
掌が添えられている方とは逆の耳に顔を寄せ、熱い吐息と共に低い声を吹き込む赤井。
ついでとばかりに唇だけで耳を挟んだ後、チロリと軽く舌を這わせれば、華奢な肩が大きく震えた。
「いくら愛しの恋人とは言え、血の涙を流したくらいでは許せそうにない」
物騒な言葉を響かせながら、頬に添えた掌を肩へと滑らせる。
後を追うように唇を首筋へと向かわせ、その白い肌を――
吸った。
「はっ」
慣れない感覚に身体を震わせ、皐は甘い吐息を吐いた。
思わず、衣服をまとわぬ胸板へ置かれた手に力をこめる。
だが、肩から背中へ滑り落ちた手と、腰に回された腕に阻まれ、赤井との距離は広がらない。
耳から鎖骨までを何度も往復する、薄い唇。
小さな痛みが白い肌を赤く染める度、華奢な身体が揺れ動く。
「…………あ、あの……」
ゆっくりと身体を浸食し始める熱。
その熱に犯されながら、それ以上の広がりを止めようと。
話をそらす様に、か細い声で皐は尋ねた。
「私、赤井さんに、夢の内容、言いましたか?」
尋ねると同時に、赤井の動きが止まった。
そのまま動きを見せず、時が音をたてずに流れていく。
成功したのだろうか。
そう思いながら皐が恐る恐る視線を下げれば、上向きになった鋭く光る翡翠の瞳と視線が合った。
一瞬の沈黙。
そして、不敵な狙撃手が笑う。
「やっ!?」
予告もなくベッドに押し倒され、皐の視界は上半身が裸の赤井と天井だけ。
この瞬間、皐は自身の選択肢を間違えた事に気がつく。
「眠っている間、呟いていた……」
しかし、もう遅かった。
熱に浮かされた瞳から、目が離せない。
鍛え抜かれた見事な肉体美と合わさって、その色気の艶めかしさは絶大だ。
「…………ジン。と……」
ゆっくりと近づいて来る赤井の顔。
顎に手をかけられ、節くれだった指先が皐の唇を軽くなぞる。
「俺の名は、呼んでくれないのか?」
捨てられた子犬の様に、すがる瞳を向けるのは、その奥に潜む獣を隠すため。
「皐」
逃げ場は既になくなった。
夢で見た時と同じように、胸に向けられた銃口。
後はもう、引き金をひかれるのを待つばかり。
そう悟った皐は、ゆっくりと目を閉じた。
「…………秀一、さん」
用意されたそれで、自らの胸に向かって引き金をひいた皐。
撃たれた彼女は、その身を緋色に染めながら、白い海へと沈んでいった。
黒い悪夢を緋色に染めて
(貴方の腕の中で、眠れぬ夜を過ごす)
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